木にとっての剪定とは

2025.6.2

ひとにとって樹木の剪定とは散髪や身だしなみを整える感覚ではないだろうか

ひとに会う時清潔感のある見た目のほうが好印象をえやすい

しかしひと以外に散髪をする生物を知らないし、いても稀なのではないだろうか

 

ひとの嫌悪する動植物の老廃物や排泄物ですら自然界ではほかの生き物とつながる相互関係のひとつであって何一つ無駄なものではないのだろう

樹木はひとが剪定しなくても育つし、不要な枝は自分で枯らし、またほかの生き物の拠り所となっていく

剪定でひとにとって心地よい姿、環境に整え、不快感を感じる対象を除去することで、ひとに存在を容認される

その行為は樹木だけでなく他の生き物たちからも大顰蹙を買っていることだろう

 

以前から樹木医界では剪定することで根が弱ると言われていた

それは移植時についても同じだ

根を切っても枝葉は切らないほうがいいらしい

少しでも葉が多いほうが発根がいいからだそうだ

しかし移植の際に剪定をしてから植えるのが職人の慣習だったと思う

ひとつは深植にも言えることだが支柱へ負担がかかりにくくするといった意味もあったのではないだろうか

深く植えて枝を減らし樹高を下げれば支柱をしなくてもとりあえず倒れない

その後の樹勢衰退への潜在的要因ではあるが衰弱するまで年数がかかることが多い

都市樹木は健全であればあるほど環境に対して管理したい樹形より大きくなってしまう

深植は生かさず殺さず健全にし過ぎないよう木の成長抑制策として考えた結果なのかもしれない

 

ハウスメーカーの植栽など数をこなすことで利益を上げる仕事では手数が少ないほど効率がいい

実際無剪定で植えても根付くのでその方法でやっているという人もいる

植栽などは結局ひとの経済活動であって樹木にとってのいい悪いで現場が動いてるわけではないのだろうが

 

新規のお客さんの場合しばらく放置されていた庭の管理を任されることが多い

樹木は日々成長するもの

二年三年放置されて枝が太くなりすぎ、下枝が枯れてしまった場合は強剪定をせざるおえないこともある

仕上がりというかその木のこれからの姿が想像できて悲しい気持ちになる

下枝はひとのイメージ通りには再生しない

限られたスペースでひとの思い描いく姿に戻る可能性は低い

過去に管理されていた時の骨格が残っていればその骨格に合わせ絡み合ってる糸をほどいていく

そんな作業は面白い

 

成長し過ぎた枝から引き算をしてひとの想う自然樹形に近づけていく

樹木によっては過去の職人の想いが伝わってくることもある

この枝を生かして、次はこれに更新して、ここで切れば巻込みやすく見た目も良くなると一手一手選びながら

木にとって極力負担がかからないよう作業を進める

 

木にとって剪定自体ありがた迷惑なことだけれども

少しでも長く、根付いた場所で生き続けられるよう手助けされてると思ってもらえるといいな

 

中野の植木屋ウエヨシ

 

“植”木もひとも“喜”ぶ庭づくり

中野の植木屋ウエヨシは樹木医、一級技能士として

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